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「…ッ…」


ポタリ、と零れた涙が、ヒョクチェの字でいっぱいになった紙を濡らす。


泣くつもりじゃ、なかったのに。


違う。この歌詞がよすぎるから。
切ないから。悲しいから。




ヒョクチェ。


俺がずっと好きだって、知ってる?知らないよね。

この歌詞にでてくる彼女のこと、ヒョクチェが大好きなのと同じように。





ヒョクチェ…



分かってる。もう、分かりきってるんだ。

ヒョクチェと俺は親友だもんね。なんでも話せる仲だもんね。


辛いなぁ、ヒョクチェ。残酷だよね、ホント。

どんなに呼んだって、ヒョクチェは彼女を見つめるっていうのに。





ヒョクチェ――



もう届かない。絶対に届かない。この歌詞みたいに。




くしゃり、と、指先に込めた力で紙が歪む。
もう返しに行かないと。変に思われてしまうかもしれない。


俺がゆらゆらと揺れる視界の中で、サビの部分を捕えた時だった。




「………ドンへ?」




ドアの外から声がして、一瞬呼吸が止まる。
ああ、ヒョクチェだ。どうしよう。

どうする術もなく俯くと、ぼんやりと霞む世界の中で、
俺の目はまるで引き寄せられるように、一文だけを捕えた。




―いくら涙を流しても、君はもう戻ってこないの?―






どうしよう。ヒョクチェが待っているのに。


俺はその一文を狂ったように凝視し続ける。
どうして。どうしてヒョクチェはこんな歌詞を書いたんだろう。



泣いてるの?ヒョクチェ…





「……入っていい?ドンへ」




ヒョクチェの声がする。
なのに俺の目からは涙が零れるだけで、
涙が零れる瞳は、ただずっと歌詞をなぞっていた。




俺は返事もできないまま、彼女を想って涙を流すヒョクチェを想う。


この想いはきっと、こんな歌詞にさえできない。








However he may shed tears, a thought does not reach you.

〝いくら涙を流しても、君に想いは届かない〟









だから、このままで。








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